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在伯島根県人会70周年⑴(令和8年8月26日)

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8月26日から9月2日までの8日間、在伯島根県人会の70周年記念行事に島根県町村会を代表して出席のため、石原恵理子島根県副知事、吉田雅紀島根県議会副議長をはじめとする島根県の皆さまとともに、ブラジルに出張してまいりました。

日本からブラジルへは1908年(明治41年)6月18日に笠戸丸に乗り781人が移住したことに始まり、以後多くの困難を乗り越えて定着し、日系人社会を築いてこられました。
現在の日系人コミュニティは、サンパウロ州及び周辺の都市部において形成し、人口は約140万人とされております。

島根県からは1910年(明治43年)より移住が始まっております。
移住者で同じ出身地の方々によって親睦や交流の輪が広がり、やがて都道府県ごとの県人会を組織される気運が高まる中、1956年(昭和31年)に島根県人会が創立され、本年70周年を迎えられることとなりました。

8月27日の現地時間6時頃にグアルーリョス空港に到着後、島根県人会の事務所である在伯島根県人会交流センターに移動し、在伯島根県人会の福間エジソン康幸会長、佐々木良二エンリー副会長、中島エドアルド剛文化担当理事ほか、県人会メンバーの皆さまにご挨拶をいたしました。
手作りのおむすびやみそ汁、ブラジルの郷土料理などとともに心温まる歓迎を頂き、初対面の緊張感がすぐに和らぎました。

尚、当センタ―に到着時、館内では周辺住民の方々が集まりラジオ体操をされておりました。
津和野町での「夏季巡回ラジオ体操・みんなの体操会」とこの度の出張の日程が重なり参加出来ないことを思い出しながら、ブラジルにおいてもラジオ体操が各地で普及していることを知り、親近感を覚えたしだいです。

その後、サンパウロ市南部のイビラプエラ公園内にある日本移民開拓戦没者慰霊碑にて献花を行いました。
当慰霊碑は、風土病で人生を終えるなど、名も分からないまま無縁仏となっている多くの方々をはじめ、日本移民先駆者の御霊を祀るため1975年に建立されております。

対応頂いたブラジル日本都道府県人会連合会谷口ショゼ眞一郎会長(ブラジル和歌山県人会会長)からは日本移民の苦難の歴史や慰霊碑建立の思いをお聞きし、慰霊碑に向かい哀悼の意を捧げました。

イビラブエラ公園には、サンパウロ市制400周年を記念して日系コロニア(日系人が集まる地域の呼称)が寄贈された数寄屋造りの「日本館」があり、奥原常嗣館長(ブラジル日本文化福祉協会理事)にご案内を頂き見学いたしました。

当日は平日にもかからず多くの来館者の方々で賑わっており、日本文化に対する関心の高さをうかがい知りました。
庭の池には鯉が泳いでおり、勧められるままに餌をやりました。
鯉の町、津和野町の町長がブラジルで鯉に餌やりをする感慨に浸りながら、改めて鯉が日本文化の象徴であることを実感いたしました。

その後は在サンパウロ日本国総領事館に赴き、鈴木誉里子総領事との面談、独立行政法人国際協力機構(JICA)ブラジル事務所に赴いての宮崎明博所長との面談、日伯文化連盟(アリアンサ)に赴いての竹田クラウディオ勇理事長との面談及び施設見学を行いました。

この日の締めくくりとしては、この度の70周年行事に参加のため別便でこられた島根県海外移住家族会の百合澤正志会長、島田祐司会長をはじめとする石見神楽九々茂保存会一行(益田市)の皆さまと合流し歓迎夕食会を開催頂きました。

長い一日となりましたが、参加者の皆さま方と懇親を深め、心温まる歓迎に疲れなど感じることなく充実した時間を過ごすブラジル滞在のスタートとなりました。

2日目以降の報告は明日にさせて頂きます。尚、写真は建物や景色が中心ですが、人物は許可をとっておりませんので掲載を自粛しておりますことをご了承ください。

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