ぼくが韓国に初めて入国したのは、1964年7月14日であったのと記憶している。JALのジェット機・コンベア880で、金浦空港は漢江のほとりにあった。海外渡航は最初のことで、緊張を覚えながら入国手続きの場に進んだ。当時、27歳であった。
 その頃、韓国と日本との間には国交が絶えていて、不安感を抱かなかったとは言い切れない。空港からソウル市内に向かう道路は未舗装で車は砂塵を舞い上げて走っていた。国交が回復したのは翌年1965年のことである。この時から隣国・韓国との関わりが奇しくも、ちょうど50年の歳月を過ぎる。写真家にとっての取材テーマは『韓国』で60年代の数年間で終了するものと考えていた。しかし、分断国家の韓国はフォト・ジャーナリストという職分にとって取材欲を注る超怒級の内容(素材)があって、また不思議なほどの魅力が歴史の風土であることを知った。それ以降、断続的ではあるが「韓国」をライフ・ワークとして取り組むことになった。
 このたびの写真展は、一人の貧しい写真家が垣間見た、ささやかな韓国の記録写真である。この50年間の韓国の歴史を、個人的な表現でのべれば、一言で“激動の韓国”であったといいたい。
 1960年代半ばの韓国は、動乱の後で経済は渡幣しきっていた。ぼくが目撃した1965年は日本との国交会議を屈辱外交として大学生たちの激し反日デモが首都圏で続いた。この年(1965年)の秋には、有史以来はじめてとされる。韓国軍のベトナム派兵が実施された。
 1970年代からは急速な経済の高度成長と少し歳月をおいて労働運動と共に激しい民主化運動が胎動し始めた。
 ぼくの韓国取材は、先にも述べたように断続的な写真記録にすぎないが、分断国家の韓国が汗と涙と血で葛藤してきた壮絶な半世紀であったと考える。今年はベトナムへの青龍旅団と猛虎師団の派遣から50年、さらに韓国国交の回復から50年の節目にあるために、私はあえてソウルと日本の写真展を企画した次第である。
 ご高覧、ありがとうございます。

                                            報道写真家 桑原史成

 本館は、日夜変貌をとげている国内外のさまざまな出来事を、写真を通じて身近に紹介する場として設置されました。
 その主旨にそって、写真は、一瞬の出来事から忘れてはならない歴史の痕跡までを忠実に記録している報道写真という分野を、本町出身で、報道写真家として第一線で活躍されている桑原史成氏の写真を中心に展示しています。
 私たちの記憶の奥に埋没している歴史の一コマーコマを、来館者の皆さまが、展示写真からその記憶に再現していただけたら幸いです。
桑原 史成写真
桑原史成
くわぱらしせい
        

 桑原史成講演会 「故郷と仕事〜報道写真家として生きる〜」

水俣のこと、韓国のこと、故郷の思いで等々報道写真家として生きた人生を語っていただきます。
■日 時  2015年11月14日(土) 13:30〜
■会 場  島根県立津和野高等学校・同窓会館
■入場無料

(終了しました。)
 
 第3期展・第4期展「激動韓国−50年」
H27.9.18〜H28.3.16
12月17日は作品の入れ替えのため休館します。

SHISEI KUWABARA MUSEUM OF PHOTOGRAPHY